た黒筐柳《くろはこやなぎ》や白樺や白楊などの、明暗の青葉を通して、冷気を帯びた、火のやうな閃光がキラキラ輝やきだすと、美女のやうな流れが白銀《しろがね》の胸廓を燦然と露はして、その上には樹々の青葉が捲毛のやうに艶《いろ》めかしく垂れてゐた。まばゆいばかりに美しい額や、百合の花かとも見まがふ両の肩や、波うつて垂れてゐる亜麻いろの頭髪《かみ》にかざされた大理石のやうな頸をば妬ましげにうつす鏡の前で、恍惚として驕りあがつた放恣な美女が、果《はて》しない気紛れにその衣裳を次ぎ次ぎと取り棄てては著換へるやうに、この河は殆んど年ごとに、四辺の容子を変へ、新らしい水路を選んで、さまざまな目新らしい景色で己れを装ほふのである。幾列にもならんだ磨粉場《こなひきば》の水車が幅の広い河波を掬ひあげては、それを飛沫に砕き、水煙をあげて、苦もなく跳ね飛ばしながら、あたりを聾するばかりの騒音を立ててゐた。われらの馴染みの一行を乗せた荷馬車は、ちやうどこの時、橋に差しかかつて、彼等の眼前には、限りなく麗はしく、さながら無色透明な玻璃板のやうな、雄大な流れが展開したのである。空や、緑と青の森や、人々や、皿小鉢を積んだ荷馬車や、水車場――さうしたすべてのものが逆さまになつて、藍いろの美はしい深淵にうつつて、沈みもせずに、足を空ざまにして立つたり、歩いたりしてゐる。くだんの美人はこの絶景に見とれて、途々根気よく頬ばつてゐた向日葵《ひまはり》の種の殻を吐きだすことも打ち忘れてぼんやりと考へこんでしまつた。と、そのとき、不意に『おんや、娘つ子だよ!』といふ声が彼女の耳を驚ろかした。振りかへつて見ると、橋のうへに一群《ひとむれ》の若者がたたずんでゐて、その中でいちばん垢ぬけのしたみなりで、白い*長上衣《スヰートカ》に、鼠いろの羊毛皮《アストラハン》の帽子をかぶつた若者が、両手を腰につがへたまま傍若無人に、通り過ぎようとする一行を眺めてゐた。ゆくりなくも、その日焦のした、とはいへ愉悦に充ちあふれた顔と、こちらをじつと、見すかさうとでもしてゐさうな、燃えるやうな眼にぶつかると、さつきの声は屹度この人の声だつたなと思つて、彼女ははつと顔を伏せた。『素つ晴らしい娘つ子だぞ!』と、その白い長上衣《スヰートカ》の若者は、娘から眼もはなさずに言葉をつづけた。『彼女《あのこ》を接吻することが出来さへしたら、おれあ身代ありつ
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