抛りこんだだが、その魔性の着物は燃えもしねえだ!……※[#始め二重括弧、1−2−54]ええ、こりや飛んでもねえ悪魔のお土産だ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]つてんでな、女商人はいろいろと思案にくれた挙句、バタを売りに来てゐた或る百姓の荷馬車へそれをこつそり押しこんだだよ。頓馬な百姓め、ほくほくもので悦に入りをつただが、売りもののバタはからつきし、値踏みひとつする者もねえ始末さ。※[#始め二重括弧、1−2−54]ええ、忌々しい、この長上衣《スヰートカ》は悪魔の手からわたつたものに違えねえ!※[#終わり二重括弧、1−2−55]さう言ひざま、斧を取つて、それをばズタズタに截りきざんでしまつただよ。ところがどうだ、その一切れ一切れが寄りあつまつて、またぞろもとのやうに、ちやんとした長上衣《スヰートカ》になるでねえか! そこで今度は十字を切つて、もう一度それを斧で断ちきつて、その切れつぱしを、どこここなしに撒きちらしておいて行つてしまつただよ。その時からこつち、毎年、定期市《ヤールマルカ》の時分になるてえと、きまつて豚の仮面《めん》をかぶつた悪魔めが、広場々々をほつつきまはつて、鼻を鳴らしながら、自分の長上衣《スヰートカ》の切れつぱしを拾ひあつめて歩くつてえだ。なんでも、今ぢやあ、もう左の袖口だけが目つからねえばつかりだつてえこんだ。それからこつち、誰ひとり怖気をふるつて近寄らねえもんで、ここに定期市《ヤールマルカ》が立たねえやうになつてから、かれこれもう十年にもなるべえ。だのに、その悪魔めが、今度はあの委員の野郎を抱きこみやあがつて……」
 かう言ひかけた言葉の半ばが語り手の唇のうへで消えてしまつた――窓が騒々しく打ち叩かれて、硝子が唸りを立ててけし飛んだ。そして物凄い醜面《しこづら》が、そこからにゆつとばかりに中を覗きこんで、まるで※[#始め二重括弧、1−2−54]皆の衆、いつたいここで何をしてゐなさるだね?※[#終わり二重括弧、1−2−55]とでも訊ねるやうに、じろじろと眺めまはした。

      八

[#ここから13字下げ、28字詰め]
……犬のやうに尻尾を巻き、カインのやうにわななきながら、鼻の孔から鼻水《みづ》をたらした。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から5字上げ]――コトゥリャレフスキイ『エニェイーダ』より――

 家のなかにゐた者はみんな恐怖に打
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