ークが口をはさんだ。
「なんでもねえだよ!……」さう答へながら、教父《クーム》はからだぢゆうをガタガタ顫はせてゐる。
「ええつ!」客の一人がさう口走つた。
「お前さんがいつただんべ?」
「いんにや!」
「いつたい誰が鼻を鳴らしただ?……」
「馬鹿々々しいつたら、何をおれたちやあ大騒ぎしてるだ! ビクつくこたあ、なんにもありやしねえやな!」
 それでも、一同はびくびくして、あたりを見まはしたり、部屋の隅々へ眼をくばつたりしはじめた。ヒーヴリャはまるで生きた心地もなかつた。「まあ、ほんとにお前さんたちは女《あま》つ子《こ》だよ、まるで女つ子だよ!」と、彼女は大声をあげて喚いた。「お前さんたちが男一匹で、哥薩克の働らきが出来ようなんて、とても思ひもよらないよ! お前さんたちにやあ、紡錘《つむ》を持つて糸車のまへに坐るくらゐが分相応だよ! あれあ屹度、何だよ、誰かがお屁《なら》をしたのか……それとも誰かのお尻の下で腰掛が鳴つただけのことさ。それだのに、みんな狂人《きちがひ》みたいに跳びあがるなんて!」
 この言葉にわれらの勇士たちは気恥かしくなつて、強ひて空元気をつけた。そこで教父は水筒から一口あふつて、またもや続きを話しはじめた。「ところで、その猶奴《ジュウ》は気を失つてしまつただよ。だが、豚どもは竹馬みたいにひよろ長い脚で窓を跨いで中へ入えると、いきなり、三本|縒《より》の革鞭を振りあげて、あの横梁《よこぎ》よりも高く猶奴《ジュウ》が跳ねあがつたくれえ、こつぴどく野郎を擲りつけて正気に戻しただ。するてえと、猶奴《ジュウ》のやつめ、這ひつくばつて何もかも白状してしまつただよ……。だが、長上衣《スヰートカ》をさつそく取り返すつてえ訳にやあ行かなかつただ。なんでも道中でその旦那衆からジプシイが長上衣《スヰートカ》を盗んで、それを女商人に売りつけをつただ。そのまた女商人がそれを持つてこのソロチンツイの定期市《ヤールマルカ》へやつて来たちふ訳だが、それ以来、その女商人の商品《しな》がさつぱり捌《は》けなくなつてしまつただよ。だもんで女商人はひどくそれを不思議に思つただが、やがてそれが何もかも、てつきりその赤い長上衣《スヰートカ》のせゐだと気がついただ。成程さういへば、それを著るてえと妙にからだが緊めつけられるやうな気がするだよ。そこで前後の考へもなく、いきなりそれを火のなかへおつ
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