箱になつたちふだのう……。」
「馬鹿なことを、兄弟!」と、チェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークがそれを遮ぎつた。「どうしてそねえなことが出来るだよ、悪魔を地獄から追んだすなんてことがさ?」
「どうもかうもねえだよ、教父《とつ》つあん? 追んだしたものあ追ん出しただ、百姓が家《うち》んなかから犬を追んだすとおんなじによ。おほかたその悪魔の野郎は、なんぞ善いことをしようつてな出来心を起しをつたのかもしんねえだよ、それで出て行けつちふことになつたのぢやらうのう。ところがその可哀さうな悪魔にやあ、どうにも地獄が恋しうて恋しうて、首でも縊りかねねえほどふさぎこんでしまつただよ。だが、どうにもしやうがねえだ! そこで憂さばらしに酒を喰《くら》ひはじめをつたものさ。そうら、お前も見た、あの山蔭の納屋さ、今だにあの傍《わき》を通るにやあ、あらたかな十字架で、前もつて魔よけをしてからでなきやあ、誰ひとり近よる者もねえ、あの納屋を棲家にしをつてな、その悪魔の野郎め、若えもののなかにだつて滅多にやねえやうな、えれえ放蕩をおつぱじめたものだよ。もうなんぞといへば、朝から晩まで酒場に神輿《みこし》を据ゑてゐくさつたちふことだ!……」
 ここでまたしても、むつかしやのチェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークが語り手を遮ぎつた。
「兄弟、阿房なことを言ふもんでねえだ! 悪魔を酒場のなかへ入れる馬鹿が何処の国にあるだ? 都合のいいことにやあね、悪魔の手足にはちやんと鈎爪がついてるだよ、それに頭にやあ角が生えてるでねえか。」
「ところが、どうして、そこに抜《ぬか》りはねえつてことよ、ちやんと奴さん帽子をかぶり、手袋をはめてゐくさつただもの。どうして見わけがつくもんけえ! 飲んだの飲まねえのといつて、たうとうしめえにやあ、持つてゐただけ、きれいさつぱりと、残らずはたいてしまやあがつただよ。長げえあひだ信用しとつた酒場の亭主も、やがてのことに信用しなくなつてのう。とどのつまり悪魔の奴め、自分の身に著けてゐた赤い長上衣《スヰートカ》をば、せいぜい値段の三が一そこそこで、その当時ソロチンツイの定期市に酒場を出してゐた猶太人のとこへ飲代《のみしろ》の抵当《かた》におくやうな羽目になつただよ。抵当《かた》において、さて猶太人に向つて、※[#始め二重括弧、1−2−54]いいかえ猶太《ジュウ》、
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