ら、おいらは犬畜生だと言はれても文句はねえだよ!」
「それぢやあ、なんだつてお前さんは、急に顔いろを変へたりしただね?」と、お客の一人で、誰よりも頭だけぐらゐづぬけて背が高くて、いつも自分を勇者に見せよう見せようと心がけてゐる男が叫び出した。
「なに、おいらが?……勝手にしろい! 何を寐とぼけてゐるだ?」
客たちはにやりと笑つた。口達者な勇者の顔にも北叟笑みが浮かんだ。
「なあに、この人だつて、今はもう青い顔なんぞするもんか!」と、他の一人が混ぜつかへした。「罌粟《けし》の花みてえな真紅な頬ぺたをしてるでねえか。これぢやあこの人の名前は、ツイブーリャ([#ここから割り注]玉葱[#ここで割り注終わり])ではなくて、ブーリャク([#ここから割り注]赤蕪[#ここで割り注終わり])か、それとも、こねえに人を嚇かしやあがつた、あの※[#始め二重括弧、1−2−54]赤い長上衣《スヰートカ》※[#終わり二重括弧、1−2−55]とでも言つた方がよかんべいに。」
水筒が卓子の上をひとまはりすると、お客一同は前にもましてひときは陽気になつた。この時、もう疾うから、その※[#始め二重括弧、1−2−54]赤い長上衣《スヰートカ》※[#終わり二重括弧、1−2−55]のことで気をもみとほしで、束の間もその穿鑿ずきな心に落ちつきの得られなかつたチェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークが、教父《クーム》のそばへにじり寄つた。
「後生だからひとつ聴かせてくんなよ、兄弟! おらがいくら頼んでも、その忌々しい※[#始め二重括弧、1−2−54]長上衣《スヰートカ》※[#終わり二重括弧、1−2−55]の由来を聞かせてくれねえんだよ。」
「おおさのう! どうもその話を、よる夜なか話すのあ、ちつとべえ具合がよくねえだが、それでもお前や皆の衆の慰みになるちふことなら、(かう言ひながら、彼はお客の方へ向きなほつて)それにお客人たちも、どうやらお前《めえ》とおなじやうに、その妖怪《ばけもの》のはなしを聴きたがつてござるやうでもあるだから、ぢやあ、構ふことはねえや。ひとつ聴きなされ、かうなんだよ!」
そこで彼はちよつと肩を掻いて、着物の裾で顔を拭いてから、両手を卓子の上へのせて、やをら語りだした。
「何でもある時のこと、どういふ罪でか、そこんとこあ、からつきし分らねえだが、一匹の悪魔めが焦熱地獄からお払ひ
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