の郡書記が壊れかかつた納屋で見たといふ怪異が、尾鰭をつけてそれに結びつけられたため、夜に入ると共に人々は互ひにからだを擦りよせるやうにした。平和は破られ、怖ろしさのために夜の眼も合はぬといつたていたらく、そこで気の弱い連中だの、泊るべき家のある手合はそれぞれ引きあげることにした。チェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークも、教父《クーム》や娘とともに御多分にもれずその仲間だつたが、強つて彼等といつしよに家へつれて行つて泊めてくれとせがむ連中を同道して、さては激しく門を打ち叩いてわれらのヒーヴリャを周章狼狽させた次第である。教父《クーム》はもう少々きこしめしてゐた。それは彼が荷馬車を曳いたまま二度も前庭《には》を行きすぎてから、やうやく自分の家を見つけたことからみてもわかる。客人たちも、みんなもう、ひどく上機嫌で、遠慮会釈もなく主人より先きに家のなかへづかづかと入りこんだものである。チェレ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ークの女房《かみさん》は、一同が家の隅々を穿鑿しだした時には、まつたく針の蓙に坐つてゐる思ひだつた。
「姐《あね》さん、どうしただね!」教父《クーム》は家のなかへ入るなり声をかけた。「お前さんまだ瘧《おこり》をふるつてるだかね?」
「ええ、なんだか加減が悪いもんで。」さう答へながら、ヒーヴリャは不安らしく天井の下の棚へ眼をやつた。
「おい、おつかあ、あすこの馬車から水筒を持つて来てくんなよ!」さう、教父《クーム》はいつしよに戻つて来た自分の女房に※[#「口+云」、第3水準1−14−87]ひつけた。「皆の衆といつしよに一杯やるだよ。あの忌々しい婆あどもめが、他人《ひと》にも話されねえくらゐおらたちを嚇かしやあがつただからなあ。まつたく、皆の衆、おらたちはくだらねえことで引きあげて来たもんぢやねえかね!」と、彼は土器の水呑みでグビグビやりながら語をついだ。「屹度あの婆あどもは、後でおらたちを嘲笑《わら》つてゐくさるだよ、でなかつたら、この場へ新らしい帽子を賭けてもええだ。よしんばまた、真実それが悪魔だつたにもしろだよ――悪魔がいつたいなんだい? そやつのどたまへ唾でもひつかけてやるさ! たつた今、現在この場へ、たとへばこのおいらの眼の前へ、奴が姿を現はしたとしてもだよ、おいらがもし、そやつの鼻のさきへ馬鹿握《ドゥーリャ》を突きつけて呉れなかつた
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