場所ぢやあ、飢《かつ》ゑた*モスカーリから搾り出すほどの儲けもあるこつてねえだて。」と、額に瘤のある男が意味ありげに言つた。
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モスカーリ 小露西亜人が大露西亜人のことを侮蔑的によぶ呼称。
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「悪魔の手つちふと、それあいつたいなんだね?」さう縞の寛袴《シャロワールイ》を穿いた男が聞き咎めた。
「世間でよりより噂さにのぼつてることを聞かねえだかね?」と、額に瘤のある男がじろりと相手の顔へ不機嫌さうな流※[#「目+丐」、40−2]《ながしめ》をくれながら、つづけた。
「はあて!」
「はあてだと、まつたくそれこそ、はあてだて! ちえつ、あの委員の畜生めが、旦那衆のうちで梅酒を呑みくさつた後で口を拭くことも出来なくなりやあがればいいんだ、こねえな、金輪際、小麦ひとつぶ捌けつこねえ、忌々しい土地を市場にきめやあがつて。そうら、あの壊れかかつた納屋が見えるだろ? ほら、あすこの山の麓《ねき》のさ。(茲で、ものずきな、くだんの美人の父親は、まるで注意のかたまりにでもなつたやうに、一層間近く二人のそばへにじり寄つた。)あの納屋のなかで、時々、悪魔がわるさをしをるので、一度だつてここの定期市《ヤールマルカ》に災難がなくて済んだためしがねえのさ。昨夜《ゆんべ》おそく、郡書記が通りすがりに、ひよいと見るてえと、空気窓《かざまど》から豚の鼻づらが戸外《そと》をのぞいて、ゲエゲエ呻つたちふだよ。それで奴さん、頭から冷水でもぶつかけられたやうに、ぞうつとしたちふこつた。またしても、あの※[#始め二重括弧、1−2−54]赤い長上衣《スヰートカ》※[#終わり二重括弧、1−2−55]がとびだすに違《ちげ》えねえだよ!」
「その※[#始め二重括弧、1−2−54]赤い長上衣《スヰートカ》※[#終わり二重括弧、1−2−55]つてえなあ、いつたいなんだね?」
 ここで、われらの注意ぶかい聴き手の髪の毛は逆立つた。ぎよつとして彼が後ろを振りかへると、自分の娘が一人の若者と互ひに抱きあふやうにして、この世の中にどんな長上衣《スヰートカ》があらうと、てんでそんなもののことは念頭にもおかず、何か恋のささやきを交はしながら、静かにたたずんでゐた。それを見ると親爺は恐怖の念も忘れて、又もとの暢気さに立ちかへつた。
「おやおや、おい、若えの! お前《めえ》
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