]ッチを御存じでがせう? いやどうして、素晴らしい人物で! あの人が実に面白い物語を聴かせてくれたものぢや! この小|冊子《ぼん》の中にもそれが二つ載つてをる。この人は、よく田舎寺の役僧などが著てゐるやうな縞柄の褞袍《ハラート》などは決して身につけてをらん。それどころか、たとへ平日《ひらび》に訪ねて行つても、いつも、片栗粉でつくつた*キッセリの冷たくなつたやつのやうな色あひの、薄手の羅紗で仕立てた寛衣《バラホン》をまとつてお客を迎へるがの、その生地は*ポルタワで一*アルシンに六|留《ルーブリ》からだした品ぢや。また、この人の穿いてゐる長靴がつひぞ樹脂《タール》臭かつた、などといふ者は村ぢゆうに一人もゐないどころか、そんじよそこいらの百姓だつたら大喜びで粥《カーシャ》へ入れて食ふやうな、飛びきり上等の鵞鳥脂で自分の靴を磨いてゐることは隠れもない事実なのぢや。それにまた、あの人と同じ役柄の人たちがよくするやうに、寛衣の裾で鼻を拭いたりなぞするところを見た者も、誰ひとりない。あの人は何時もきまつて、きちんと折りたたんだ、縁に赤い糸で刺繍《ぬひとり》をした真白な手巾《ハンカチ》を懐ろから取り出
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