いふ語尾をつけないと虫がをさまらず、匙鋤《ロパータ》をロパトウスだの、女《バーバ》をバブウスだのと言ふ始末。ところで、或る日のこと父親とつれだつて野良へ行きをつたが、この拉典語先生、ふと熊手を見つけると、父親に向つて、『これは、お父さん、こちらの言葉ではなんとか言ひましたつけね?』と訊ねたもんぢや。そしてぽかんと口を開けたまま、熊手の爪のところを踏んづけをつたと思ひなされ。すると、父親の返辞より先きに、熊手の柄がピョンと跳ね返つて来て、息子のおでこにいやといふほど打つかつたものさ!『えい、この忌々しい熊手《グラーブリ》めが!』と、二三尺も上へ跳びあがりながら、片手でおでこをおさへて、先生、悲鳴をあげをつた。『ほんに、こやつめが、――ええくそつ、こやつの親爺が橋のうへから悪魔にでも突き落されやあがればいい、――人の額を打ちやあがつて、おお痛い!』なんと、どんなもので! 奴さん忽ち名称《なまへ》を想い出しをつたではごわせんか! とな。こんなあてこすりが、この凝つた言ひまはしに憂身をやつしてゐる語り手の気に入らう筈がない。先生ひとことも口をきかずに席を蹴立つて部屋のまん中へ出ると、脚をかうふんばつて、すこし前こごみに首をうつむけてな、豌豆いろの*カフターンの後ろ衣嚢《かくし》へ手を突つこんで、漆塗りの丸い嗅煙草入を引つぱり出すなり、その蓋に下手くそに描いてある何処か異国の大将の面《つら》に指弾きを一つ喰はせておいて、消炭と独活《うど》の葉とをまぜて擂つた嗅煙草をたつぷり一つまみ摘んだが、その手をばいやに気取つて鼻の方へ持つて行つたかと思ふと、その煙草を残らず、すうつと、拇指ひとつ鼻にふれずに宙で吸ひこんでしまつた――が依然として口をきかない。別の衣嚢《かくし》へ手を突つこんで、やをら青い碁盤縞の木綿の手巾《ハンカチ》を取りだした時、はじめて、※[#始め二重括弧、1−2−54]豚に真珠さ……※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、諺めいたことを口のなかで呟やいただけぢやつた。※[#始め二重括弧、1−2−54]どうやら喧嘩になりさうだぞ。※[#終わり二重括弧、1−2−55]と、わたしはフォマ・グリゴーリエ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチの指が徐ろに*馬鹿握《ドゥーリャ》を拵らへようとしてゐるのを見て、さう思つた。ところがいい塩梅に、うちの老妻《ばばあ》が気をきかせて
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