ィカーニカの地名《ところな》を本の標題に置いたやうな次第でな。ディカーニカといへば、もう百も御承知のことであらう。それあもうその筈で、あすこぢやあ、家屋《いえ》だつて蜜蜂飼風情の小舎などとはずんときれいで、果樹園ときたら、いやどうも、あなた方の彼得堡《ペテルブルグ》にだつて、あれだけのものはちよつとやそつとには見当りますまいからね。それで、ディカーニカまでおいでになつたら、穢ならしいシャツ一枚で鵞鳥の番をしてをる出あひ頭の小僧つ児に、※[#始め二重括弧、1−2−54]蜜蜂飼のルードゥイ・パニコーの家は何処だい?※[#終わり二重括弧、1−2−55]とお訊ね下され。さうすれば、※[#始め二重括弧、1−2−54]あすこだよ※[#終わり二重括弧、1−2−55]と言つて、その小僧つ児が指をさしてすぐにお教へするでせう。もしお望みとあれば当のこの部落《むら》まで、先きに立つて御案内することでせう。※[#「にんべん+且」、24−15]しお断わりしておかねばならないのは、後ろ手なんぞ拱んで、いはゆる容態ぶつた歩き方などなさるのは、見合はせて頂きたいことで、といふのは、こちらの村道といふやつが、あなた方のお邸の前の大通りみたいに坦・砥の如しとは、ちよつと申しあげかねるからで。一昨年《をととし》のこと、例のフォマ・グリゴーリエ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチがディカーニカからやつて来て、たうとう新らしい馬車と鹿毛《かげ》の牝馬もろとも、崩穴《がけ》へ落つこちてしまつたといふ始末でな、それも自身の手で手綱を捌き、そして時々は自分の肉眼の上へ更に買ひものの眼をおつつけおつつけしてゐたにも拘らずぢや。
 さるかはり、一度お客においで下すつたなら、それこそ、恐らく生まれてこのかた、つひぞ召しあがつたこともないやうな甜瓜《まくはうり》を御馳走いたしますよ。それに蜂蜜なら、請合つて、そんじよそこいらの部落《むら》では金輪際、見つかりつこない飛びきり上等の蜜を進ぜますて。まあ、思つてもみて下され――蜜房を持つてくるてえと、部屋ぢゆうにぷんぷんと芳香がみなぎりわたるといふ始末でな、いや、とてもとても想像することも出来ませぬくらゐ、まるで涙か、それともよく耳環にはめる高価な水晶のやうに、混りつけのない蜂蜜ですぢやて。それから、うちの老妻《ばばあ》が御馳走する*ピローグですよ! それがどんな素晴
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