ないのですよ、もうこの年齢《とし》でございますから! 宅の蕎麦は以前は帯の辺までもございましたものですが、今時のことはどうですか、分つたものではありませんよ。尤も何によらず当節は良くなつた良くなつたと申してをるやうでございますけれど。」ここで老婆は溜息を一つついたが、誰か第三者がそこに居合はせたなら、この溜息の中に古い十八世紀の吐息を感得したことだらう。
「お宅様の女中さん方はまた、大層上手に段通をお織りだといふお話を承はつてをりますが。」と、ワシリーサ・カシュパーロヴナが言つた。それが老婆の最も感じ易い神経を刺戟して、この言葉に依つて、まるで蘇つたやうに元気づいた彼女は、単糸《ひとへいと》の染色から、撚糸《よりいと》の準備に至るまで、こと細かに物語つた。
談話は忽ち段通のことから胡瓜漬や乾梨のことに移つた。一言にしていへば、一時間と経たぬ間に、この二人の老婦人は、百年も前から懇意な仲であつたかの如く、盛んに話し込んでゐたのである。やがてワシリーサ・カシュパーロヴナは妙にひそひそと、小声でばかり話し出したので、イワン・フョードロ※[#濁点付き片仮名ヰ、1−7−83]ッチは何ひとこと聞
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