ば、カルパシヤの山々もトランシルバニヤも土耳古の国土も顛覆したことだらう。わづかに彼が身じろぎをしただけで全世界は震動し、至るところで多くの人家が倒壊して、人々が圧死を遂げた。
 時々、カルパシヤの山々で、ちやうど数千の水車場が一時に水音を立てるやうな物凄い音が聞える――それはまだ誰ひとり怖れて覗いて見たこともない、底無しの深淵《ふち》で、亡者どもが一人の死人を噛み砕く音である。時々、世界ぢゆうが隅々まで揺れ動くことがある。すると学問のある人々は、海の近くに一つの山があつて、それが火を噴き、熱湯の川を流すためだなどと言ふ。しかし、ブルガリヤやガリシヤの国にあつて、その謂はれをよく心得てゐる老人《としより》たちの話では、それは地下でぐんぐんと生長した、くだんの巨大な死人が、どうかして起きあがらうとしては、大地を揺がすためだと言ふ。

      十六

 *グルーホフの市で、ひとりの年老いた琵琶法師《バンドゥリスト》をまん中に取りかこんだ群衆が、もう一時間もその盲人の奏でる琵琶《バンドゥーラ》に聴き入つてゐる。このやうに珍らしい歌を、これほど巧みに歌ふ琵琶師《バンドゥリスト》はつひぞこれ
前へ 次へ
全100ページ中90ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
ゴーゴリ ニコライ の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング