まで見なかつた。はじめ彼はサガイダーチヌイだの、フメリニーツキイだのといつた、昔の大総帥《ゲトマン》の物語をうたつた。当時は今日に比べると、まるで時勢が違つてゐた。それは哥薩克軍の黄金時代で、彼等は敵を駒の蹄にかけて踏みにじり、何人からも絶えて侮りを受けるやうなことがなかつた。老人は陽気な歌をうたひながら、まるで眼の見える人のやうに、盲いたその両眼を動かして群衆を見まはした。そして弾爪《つめ》を嵌めた彼の指は、まるで蠅のやうに弦の上を走りまはつて、さながら弦がひとりでに鳴るかとも思はれる程であつた。ぐるりの人々は、老年《としより》は首を垂れ、若者は翁をじつと見つめながら、忍び音ひとつ立てず、息を殺して聴き惚れた。
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グルーホフ チェルニゴーフスカヤ県下グルーホフ郡の首都。
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「さて、」と、翁が言つた。「今度はひとつ、古い古い昔の物語を謡つてお聞かせいたしませう。」すると群衆は一層ひしひしと、互ひに擦りよるやうにした。盲人はうたひだした。
『トランシルバニヤ侯ステパン殿は、波蘭王を兼ね給ひしが、その家臣《いへのこ》にイワ
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