をやるよ。ステツィコ、お主《ぬし》には金飾りのついた天鵞絨《びらうど》表のをやるぞ、それは俺が韃靼人から首もろともに※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]ぎ取つたやつだ。そ奴の武器《もののぐ》は何ひとつ残さず手に入れたが、ただ奴の魂だけは見のがして呉れたわい。さあ、舟を繋いだ! そうら、イワン、お家へ帰つたんだよ、それだのにお主は泣いてばかりをる! さあ、カテリーナ、坊やをおとり!」
 一同は舟を降りた。山峡《やまかひ》に藁葺きの屋根が見え出した。それがダニーロの父祖から伝はる屋敷である。屋敷の後ろに、もう一つ山があるが、それから先きは一望ただ野原で、百露里歩いても哥薩克ひとり見いだすことは出来ないのである。

      三

 ダニーロの屋敷は、二つの山に挟まれてドニェープルの方へさがつてゐる谷あひにあつた。屋形は建《たち》が低く、家の外観は普通の哥薩克の住居と同じで、居間はただ一つきりであつたが、主人《あるじ》夫妻に、老婢と、選り抜きの郎党十人ばかりの者が身をおくだけの余地はあつた。四方の壁の上部には樫板の棚がずつと吊りわたしてある。その上にはところせまく、鉢だの、食物を
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