るやうな、苦しげな叫び声をあげた……。
 カテリーナの腕に眠つてゐた幼子は、わつと泣き声をあげて眼をさました。彼女も思はずあつと叫んだ。舵子《かこ》はドニェープルの河なかへ帽子を取り落してしまつた。ダニーロもぶるつと身を顫はせた。
 だが、すべては忽ち跡形もなく消え失せた。しかし舵子どもは暫しのあひだ櫂を手に執らうともしなかつた。ブルリバーシュは、泣き叫ぶ幼子を抱きしめて怯えながらゆすぶつてゐる若い妻を、気づかはし気に眺めやり、彼女を胸もとへ引きよせて、その額に接吻した。
「怖がることはないよ、カテリーナ! 御覧、何もありやしないぢやないか!」さう彼は辺りを指さしながら言つた。「あれは魔法使《コルドゥーン》めが、自分の穢らはしい巣窟の在所《ありか》を知られまいとして、人を脅しをるのだよ。こんなことでビクビクするのは女《あま》つこばかりだ! さあ、坊やをこちらへおよこし!」
 かう言ふと同時にダニーロは我が子を抱きあげて、自分の唇へと近づけながら、「どうだ、イワン、坊やは魔法使《コルドゥーン》なんぞ怖くないだろ? 怖くないよ、お父ちやん、おれは哥薩克だものつて言ひな。さあ、もう泣くのは沢
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