に、槍を向けるとは口惜しや!……あな、兄弟《はらから》よ、我が友よ! 宿世の縁とあるからは、たとへこの身はその槍の、錆と消えんも詮なけれ。されど童子は助けてたべ、いかでか無辜の幼な児に、さる非道なる最期をば、遂げしめるべき罪科《とが》あらん。※[#終わり二重括弧、1−2−55]されどペトゥローはあざ笑ひ、槍ひきしごきイワンをば、ただ一と突きに突きければ、哥薩克と稚児は翻筋斗うち、奈落の底へと転落せり。ペトゥローはすべての財宝を、わが身ひとりで横領なし、総督《パシャ》の如くに暮しけり。ペトゥローの牧場に見る如き、馬群を持つ者さらになく、緬羊《ひつじ》の類も誰にもまし、数おびただしく飼ひゐたり。かくしてペトゥローは世を去りぬ。
        ☆
『ペトゥロー死すや上帝は、彼とイワンの霊魂を裁きの廷に招《め》し給ひ、※[#始め二重括弧、1−2−54]さてもこれなる人間《ひとのこ》は類ひ稀なる悪人なり。われは直ちに刑罰を、決せざればイワーニェよ! 汝みづから彼がため、欲《ねが》ひの刑を選ぶべし!※[#終わり二重括弧、1−2−55]かく宣まへばやや暫し、イワンは刑を打ち案じ、思案にくれてゐたりしが、やがて答へて申すやう、※[#始め二重括弧、1−2−54]実《げ》にやこれなる悪人は、いと大いなる害毒をわれに与へし痴者《しれもの》なり。ユダの如く友を裏切り、公明なるわが一門と、地上におけるわが子孫を絶やしたり。公明なる一門と、子孫を欠きし人間は、恰かも空しく地に落ちて、地中に滅びし麦粒の如く、絶えて芽生えることもなく――打ち棄てられしその種子に、心づくもの更になし。
        ☆
※[#始め二重括弧、1−2−54]神よ、然らばかく裁き給へ、残らず彼の子孫をば、地上に於いて不幸になし、最後の後裔《もの》を現世《うつしよ》にて、未だ曾て類ひなき極悪人たらしめて、彼の重ねる悪業の、一つ一つに先祖《さきおや》の亡霊どもが棺《ひつぎ》の中で安息を掻き乱され、娑婆では知られぬ苦悩を忍び、墓の中より起きあがる! されどユダなるペトゥローのみは、起きあがるべき力もなく、ためにひときは堪へ難き、業苦を嘗めて物狂ほしく、土を噛みつつ地の下で※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]き狂ふに委すべし!
        ☆
※[#始め二重括弧、1−2−54]やがてそやつが悪業の、最後の時の到
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