をへることではなかつた。ところで、鍛冶屋はこの老人とは日頃から気合《そり》があはなかつたので、腕つ節の強いにも似ず、父親のゐる時に娘のところへ出かけるなどといふことは先づなかつた。
 そんなわけで、悪魔が衣嚢《かくし》へ月を匿すと同時に、急に全世界が真暗《まつくら》になつてしまつたため、補祭のところは愚か、酒場へ行く道もおいそれとは見わけることが出来なかつた。妖女《ウェーヂマ》は不意にあたりが暗くなつたのを見て、あつと叫び声をあげた。悪魔はすかさず、じやらつくやうにそばへ近よつて妖女《ウェーヂマ》と腕を組んで、その耳に口をよせると、人なみに情婦に向つて言ふやうな、紋切型の口説を夢中になつて囁やきだした。実にこの世の中といふやつは奇妙に出来てゐる! この世に住んでゐる限りの者が互ひに見やう見真似に憂身をやつしてゐるのだ。以前、ミルゴロドでは判事と市長だけが多分、羅紗の表をつけた毛皮外套《トゥループ》を著てゐただけで、他の一般の下級官吏は、普通の、表なしの品より他は用ゐなかつたものだ。それが当今ではどうだ、村役人や倉庫番までが*レシェティロフ産の毛皮に、羅紗の表を附けた大外套《シューパ》を
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