》が答へた。
 もし教父《クーム》がさう答へさへしなかつたら、てつきりチューブは出かけることを思ひとまつたのだが、かう言はれると、まるで何かに唆かされでもしたやうに、意地づくでも出かけようといふ気になつたものである。「うんにや、教父《とつ》つあん、行かうや! なあに、行《い》かいでか!」
 かう言つてから、すぐに彼は自分で自分の言つたことを忌々しく思つた。こんな晩にそとへ出かけるのは酷くいやだつた。だが、自分がどこまでも我《が》を通して、他人《ひと》の助言に盾をついて押し切つたことがせめてもの心遣りだつた。
 教父《クーム》は、家に坐つてゐようが、外へ出かけようが、それはどちらだつていつかう構はないといつた様子で、これつぱかしも厭な顔をせずに、あたりを見まはしながら相棒の杖で自分の両肩をこすつたものだ。――そこで二人の教父《クーム》同士はやをら往来へと出て行つた。

        *        *        *

 ところで今度は、一人きり家に残された小町娘が一体どうしてゐるか、それをひとつ覗いて見ることにしよう。オクサーナはまだ十七にはなつてゐなかつたが、ディカーニカの界隈
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