とて、暗い夜道を行くのが、さほど億劫でもなければ、怖ろしくもなく、それにどちらかといへば、他人《ひと》から無精者だの臆病者だのと思はれたくもなかつた。そこで悪口を叩くのをやめて、再び教父《クーム》の方へ向きなほつた。
「のう、教父《とつ》つあん、お月さまは無えてのう?」
「無えだよ。」
「奇態なことだよ、まつたく! 時に煙草を一服くんなよ! 教父《とつ》つあん、お前《めえ》の煙草はえらく上物だのう! どこで買ふだね?」
「なんの、上物なもんか!」と教父《クーム》は、飾り縫ひをした白樺皮の嗅煙草入の蓋をしながら、答へた。「ちいと年をくつた牝鶏なら、嚏みひとつするこつてねえだ!」
「おら今でも憶えてをるが、」と、同じ調子でチューブが話しつづけた。「あの、おつ死《ち》んだ酒場の亭主のズズーリャが一度、ニェージンの市《まち》から煙草を土産に持つて来て呉れたつけが、それあ素晴らしい煙草だつたわい! とてつもない上等の煙草だつたぜ! 時に、教父《とつ》つあん、どうするね? そとは真暗ぢやねえかい。」
「ぢやあ、いつそ家《うち》にをることにしようか。」と、扉の把手《とつて》を握りながら、教父《クーム
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