ものかとH――氏に質ねると、H――氏は皮肉な調子で答えた。
『テイークの「蒼海万里の夢」だのユイスマンスの「さかさ物語」だのアイヒベルクの「学生ロマンティスト」だのゲーテの「ウェルテルの悲嘆」だのを読みたいのですか? お止しなさい。文学青年じみているのは、ロマンティストとしてこの上なく恥しいことです。……そんな風な本なら、僕は二万冊位名を挙げることが出来ますが、読書のために、読書するには、ポドレイアン図書館の蔵書の数程読まなければ甲斐がありません。併し、一冊も本を読まずにいることだって、可なりロマンティストらしいと云えるのです。』
 そうして、H――氏は、私にハンス・アンデルセンの「王様の話」の類と、小学生用の自然科学の全集と、何処かの巫女が書いた「手相判断《キロマンシイ》」の本などをすすめてくれた。
 H――氏はボヘミヤの侯爵のような工合に鳥の羽根をさした青羅紗の帽子をかぶって、散歩に出た。
 服装に依る方法は最も効果的である。カーキ色の軍服を着て、軍歌を高唱して歩けば、リイプクネヒトだって、忠勇な兵隊と見えたに違いない。私も早速青羅紗の帽子を買って来て、羽根を飾って、散歩をこころみ
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