時間に帰るおりなら、会場の出口迄の間の何処かで、大抵その人と出会ったように思われた。私はただ、博覧会の事務所にでも関係のある人だろう位に考えて、別して深く気をとめたこともなかったが。――どうも、西洋人ともあろうものが、しかもあの年輩をして、風船なぞへ乗って楽しむなんて、なかなか信じ難い話だ。何か重大なる理由がなくては叶わぬ。……

 3

 翌日私はわざと何時もより一回分、つまり一時間だけ遅らせて行った。
 ――異人さん、もう乗っていらっしやるわよ。」
 と娘に教えられる迄もなく、私は切符を買いながらそっと、軽気球の籠をまたぎかけている背の延びた岱赭色《たいしゃいろ》の洋服を見てとった、私はいそいそとそのあとに従った。
 私と西洋人との他に、丸髷に結った田舎者らしい女の人が、少しばかり蒼ざめた顔をして、その連れの中学生と二人で乗っていた。
 西洋人は籠の外へ顔をそらした儘、パイプの煙草を吸った。
 やがて、新しい瓦斯を充満した軽気球は砂袋を落として、静かに身をゆすぶりながら上騰しはじめた。すると丸髷の女の人は声を立てて中学生の肩へしがみついた。そのために、均合をはずした籠がドシンと大き
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