父を失う話
渡辺温
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)窓帷《カーテン》を
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)どうしたのさ※[#疑問符感嘆符、1−8−77]
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こないだの朝、私が眼をさますと、枕もとの鏡付の洗面台で、父は久しい間に蓄えた髭を剃り落としていた。そよ風が窓から窓帷《カーテン》をゆすって流れ込んで、そして新鮮な朝日のかげは青々と鏡の中の父の顔に漲っていた。
おもてで小鳥が啼いた。
「お父さん、いいお天気だね。」と私は父へ呼びかけた。
「上天気だ! 早くお起き。今日はお父さんが港へ船を見物に連れて行つてやる。」と父は髭の最後の部分を丁寧に剃り落しながら云うのだった。
「ほんと? 素敵だな!……」私は嬉しくてたまらなくなった。それから何気なくきいてみた。
「お父さん、何だって髭を剃っちまったんだね?」
「髭がないとお父さんみたいじゃないだろう。どうだ?……」と父はくるっと振向いて私を見たが、その次に細い舌をぺろりと出して眉根を寄せてみせた
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