は反対に薄い悲しみに鎖されていた。
(――どうして、あたしの赤い煙突は煙を吐いているのかしら?……)と彼女はそれが不当なことであるかのように思った。なぜと云って――その煙を吐いている赤い煙突のある西洋館の青年は、彼女の病気が癒ってしまうと、やがてぴったりと遊びに来るのを止めてしまったのだから。……
再び、夏が廻って来た。彼女の赤い煙突は朝夕煙を吐いた。彼女は二階へ上って毎日隣の邸を眺めた。窓敷居に凭って窓から首をさしのべると紅がら色の裏木戸も見えた。彼女の振分髪の先端には、今年も去年と同じ水色をしたリボンが華奢なはなびらのような姿に結ばれていた。併し、隣の邸からは、彼女の待っているような歌の声も聞えて来なければ、また背の高い青年の姿も現われなかった。………
彼女は一人で月見ケ丘へ行ってみた。港の海は瑠璃色に輝き、船着場には新しい黄色い旗が上がっていた。
(なぜ、あたしの赤い煙突はあのように元気よく煙を吐くのかしら……そんな筈ではないのに!……そんな筈ではないのに!……)
彼女はそんな小さな赤い煙突に裏切られた自分を可哀相に思って泣いた。
秋の初めになって到頭、青年から手紙が
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