突に笑い出した。病気のためにひしゃがれたような笑声だったが、丈夫な時にだってそんなにも喜ばしげに晴々と笑うことは滅多にないのだった。そしてその却々《なかなか》に止まり相にもない笑いを辛うじて飲み込みながら、窓の外を指さして云った。
 ――あれを、あれを、ごらんなさいな!……あたしの赤い小っちゃな煙突から煙が出ているじゃありませんか!……まあ、一体どうしたって云うことなのかしら!……」
 青年は三本の煙突を見た。なる程、真中の小いさな岱赭色をした煙突からも両側のと同じように盛に煙が吹き出ていた。
 ――なあんだ。そうか……そんなことか。……」そう云って、今度は青年も一緒になって笑った。が、彼女はひょっと[#「ひょっと」は底本では「ひよっと」、223−6]青年の眼に泪が一ぱい溜っているのを見たように思った。

 それから彼女の赤い煙突は毎日煙をあげつづけた。三すじの青い煙や黒い煙が雪の中を勢いよく流れて行った。夜になると、風に懐しい音をたてて、ばら色の炎のさきをのぞかせた。彼女はそれを二階の窓からぼんやり眺めていた。病気でない日も、毎日眺めていた。ところが、彼女の心は、喜ばしさではなく、今
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