も夜も彼女の枕辺から離れなかった。彼女の両親はようやく青年を不思議な人間だと思った。
彼女は熱に浮かされている間中、かさかさに乾いた唇をあえがして譫言を云った。
――あたしの赤い煙突!……あたしの赤い煙突!……屹度病気なのだわ……可哀相なあたしの赤い煙突……」
青年は窓の外を見た。夜が更けて雪が降りしきっていた。向い側の真白な屋根の隅に、三本の煙突の黒い影があった。両側の二本はこうこう[#「こうこう」に傍点]と鳴りながら薄赤い焔を上げていた。しかし、真中の哀れな一本は、雪に塗れ寒く小さかった。……
だが、幸なことに彼女は死ななかった。すでに病の峠を越えると熱はずんずん退いて行った。彼女は静かに楽々と眠りつづけた。彼女の両親も青年も全く安心してよかった。
幾日ぶりかで彼女の眼がはっきりと見開かれた時、彼女は枕元にたった一人で坐っている青年を見た。
――おや、眼がさめたんですね。」青年は何かしら、うろたえるように云った。
――お父さんや、お母さんは?……あなたお一人?」
――ええ。」
――あたし、もういいのかしら…」
そう云い乍ら彼女はふと窓に眼を遣った。すると彼女は唐
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