て月を見るのにもいい丘であったから。……その丘からは港の瑠璃色の海や、船着場の黄色い旗や、また彼女の家や青年の邸も悉く手に取るように一眸《いちぼう》の中におさめられた。
青年は何よりも歌を唄うことが得意だったと見えて、丘のきりぎしに立つといつでも唄った。彼女はおとなしく歌を聞きながら町の方をじっとながめていた。そして若しも青年の歌が悲しいメロディを持っている時なぞには、忽ち彼女の大きな眼に泪が溢れて来た。青年はそれに気がつくとびっくりして歌を止めてたずねた。
――どうしたの?……家へ帰り度くなったの?」
――いいえ。……でも、なぜあなたのお家の赤い煙突からは煙が出ないのでしょうね。」
――どうしてそんな事ばかり云っているの。……ヘんなお嬢さんだなあ。」
――あの赤いのは、それでも何だか、あたしみたいな気がして可哀相なんですもの。……ねえ、そう見えるでしょう。……両側の大きいのはお父さまとお母さまよ。……」
青年は自分の邸の屋根を遙かに眺めて当惑した。
冬が来て、毎日のように雪が降り続いた。彼女は今度は肺炎に罹った。今度こそ助からないだろうと人々は思った。隣の邸の青年は昼
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