。けれども青年のいるところからは煙突は見えなかった。
――でも、ちっとも煙が出ないんですもの。赤い煙突はなぜ煙を吐かないのでしょう?……」
――さあ、なぜでしょうかね……」
青年は曖昧な風に笑った。そして青年は彼女の振分髪の先で、夕風に大きな花びらのように揺いでいる二つの水色をしたリボンを、恰も本当の花を見るような眼ざしでもって見入った。
それから間もなく彼女はその青年と十年も前から知り合いであったのとちっとも変らない位親しくなった。青年は彼女の体のために運動が必要だと云ってはお天気のいい日ならば必ず彼女を散歩に誘った。彼女の両親もそれを気にかけはしなかった。むしろ殆ど満足な遊び友達も得られない程病弱な一人娘をそんなにも可愛がってくれるのを喜んだ。(なに、安心だよ。何しろ未だほんのねんねえ[#「ねんねえ」に傍点]なんだからな――)と彼女の父親は母親にそう云った。病身な彼女は全く体も心もたしかに二三年は幼かった。彼女は青年の手につかまりながら往来を歩いた。
彼等は散歩と云うと大抵町|端《はず》れの月見草が一っぱい生えている丘へ行った。「月見ケ丘」と町の人は呼んでいた。秋になっ
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