塗った裏木戸が開くと、全く見知らない一人の背の高い青年が出て来た。ところが青年は思いがけない彼女の顔に出遇うと顔を赭くした。そして周章てて表通の方へ出て行った。その素振りには、まるでひどく気を悪くでもしたようなところが見えた。
だが、次の日の夕方になって彼女はその青年と言葉を交した。昨日と同じ位の時刻に、同じメロディ[#「ィ」は底本では「イ」]を今度は口笛で吹きながら、紅がら色の裏木戸から出て来た。そしてやはり赤い煙突に眺め入っていた彼女と顔を合わせると、またちょっとばかり赭くなりはしたが、極めておずおずと呼びかけた。
――今日は、お嬢さん。お病気はよろしいんですか?」
――ええ。……」
彼女はなぜ青年が自分のことを知っているのか不思議に思った。
――お嬢さんは、何時でもそこのお部屋にいるんですか?」
――ええ。……」
彼女を見上げている青年の眼が、決して少しも彼女を見つめようとはしないのを不思議に思った。
――何を見ていらっしゃったの?」
――あなたのお家の赤い煙突。」
――僕の家の赤い煙突ですって?」
青年は変な顔をして、自分の出て来た邸の屋根を振り仰いで見た
前へ
次へ
全15ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
渡辺 温 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング