赤い煙突
渡辺温

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)薔薇花《ばらいろ》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)町|端《はず》れ

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   (数字は、底本のページと行数)
(例)ほんのねんねえ[#「ねんねえ」に傍点]
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(――あたしの赤い煙突。なぜ煙を吐かないのかしら? お父さまとお母さまの煙突からは、あんなに沢山煙が出ているのに……)
 彼女は七つの秋、扁桃腺炎を患って二階の窓の傍に寝かされた時、はじめてその不思議を発見した。
 秋晴れの青空の中に隣の西洋館の屋根の煙出しが並んで三本あった。両側の二本は黒く真中のは赤い色をしていた。そしてその赤い色の一本はずっと小さくて何処か赤い沓下をはいた子供の脛のような形であった。彼女にはまるでその様子が父親と母親との間に挟まった自分であるかのように見えた。けれども、おかしいことにも、彼女は毎日々々寝床の中から殆どそれらの煙突ばかりを見ていたのだが、赤い色のはついぞ一度も煙を吐かなかった。……彼女は感動しやすい子供だったので、その小さな煙突をひどく可哀相に思って、しまいには泪を浮かべて眺めた。
(――あたしの赤い煙突は屹度病気なんだわ……)と彼女は思った。
 併し、間もなく彼女の病気は癒ったが、彼女の赤い煙突はやはり煙を吐かなかった。
 彼女は生れつきひ弱かったので、その後も幾度となく病気をした。そして二階の窓の傍へ寝かされた。その度に彼女は気を留めて隣の三本煙突を見た。赤い小さい煙突は決して煙を吐いていなかった。
(――可哀相なあたしの煙突!……)
 彼女は白いレースの飾のしてある枕に泪を滾しながら、赤い煙突と彼女自身の身の上を憐んだ。彼女は子供心にも、こんなに体が弱くては到底父親や母親のように大きく成ることは出来ないだろうと思っていた。

 彼女は十六になった。痩せて蒼白い頬に仄かな紅みがさして、彼女は美しい脆弱な花のような少女であった。
 今彼女は寝床から起き上って窓敷居に凭りかかっていた。彼女は風邪をひいて寝ていたのだが、もう殆どよかった。
 夏が近く、日暮に間もない空が、ライラック色と薔薇花《ばらいろ》とのだんだらに染まって見えた。隣の邸の周囲には背の低い立木が隙間もなく若葉を繁らせて、その上から屋根がほんの
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