。と、云うのは、僕は一昨年の春から今の△△映画協会へ入る様になりました。これが本当の運の尽きだったのです。彼等の或る者は長崎か神戸あたりでふと僕の映画を見て、まだ僕が生きていた事をゆくりなくも知ってしまいました。』
『それで、再び彼等は君に向ってその黒い手をのばしはじめたと云うのですね。フム……成る程……「スペエドのジャック」と、象牙の牌……菊の花の浮彫があって……象牙菊花倶楽部《アイボリイクリサンスマンクラブ》と云う……フム、フム……』
西村はこう口の中でぶつぶつつぶやきながら、憐れむ様な眼でじいっと清水を見据えた。
『象牙菊花倶楽部※[#疑問符感嘆符、1−8−77]……』清水は顔色を変えてとび上がった。
『違いない!――そ、それを西村さん。あなたは御存知なのですか!……』
『ええ。多少、思い当ることがないでもありません――いや実は大ありなのですが――清水君。こいつァ相手が悪い……が清水君。君は象牙の牌は長崎で売ってしまって、今は持っていらっしゃらないのでしょう――それに気のつかない象牙菊花倶楽部の連中ではなかろうに――それに君は胡に欺されて貰ったと仰言る――しかもその支那人はすでに殺されてしまった……云わば今の君には全く何の係り合いがないも同然だ。それを承知しながら君の命を取ろうって云うのなら、なんぼなんでもあんまり残酷すぎるじゃありませんか――少くとも、君の仰言られた、「不正を悪くむ紳士方」にはふさわしくない遣り口ですよ……清水君、君は何か他に、僕には打ち明けなかったことで、あくまでも倶楽部の奴等から仇をされる様な覚えはないのですか。』
と、西村は名探偵の鋭い口調で、さぐりを入れる様に云った。
『ありません。』清水はきっぱりと云った。
『ありませんねえ。あなたに打ち明けないって――どうせ今夜中には殺されると覚悟した僕です。何でくだらない隠し立てなんか致しましょう。』
『そうですか――なる程、そう云えばそうですね。』西村の眼には深くあわれみの色が満ちた。『では、お気の毒ながらやっぱり遺言状をお作りしてあげなけりゃなりますまい……僕にはどうも、それ以上、お力になる事は出来ません。相手は象牙菊花倶楽部ですもの。どうしたって――左様、金輪際君の命は助かりませんね。』
『あなたもやはりそうお思いになりますか。今更どうも仕方がありません。これからひとつ、G――通りにで
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