ことであった。
 晃一は弟とならんで床に入ったが、荒模様になった潮鳴りが耳について、却々眠られなかった。枕元のスタンドランプには、幸子が編んだ南京玉のついたレースの覆いがかけてあった。
 ――兄さん。」
 眠っていると思った旻が突然呼びかけた。
 ――何だね、氷か?」
 ――いいいや、……兄さん、兄さんは、幸子さんが本当に誤って落ちて死んだものと信じていますか?」
 ――どうして? だって、それ以外に考えようがないじゃないか。」
 ――ところが、実際はそうではないのだ。」
 ――彼女《あれ》には自殺する程の不満はなかった筈だ。彼女は、せい一っぱい僕を愛し、そして僕に愛されることによって満足していた。」
 ――嘘だ。あの人が愛していたのは、兄さんではなかったのだ。」[#「なかったのだ。」」は底本では「なかったのだ。」]
 ――お前は、まさか、幸子が自分で飛び降りて死んだなぞと云うのではあるまいな。」
 二人の声は、夜更けの空気の中にからみ合った。
 ――そうではない。幸子さんは殺されたのだ。」
 ――何だって※[#疑問符感嘆符、1−8−77]」
 ――幸子さんは、突き落とされたのだ。……
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