きながら、幸子の心づくしに堪能していたが、それでも覚束ない程感動し易くなっていたので、時々幸子を手古摺らせた。
 ――僕は幸子さんにそんなにして貰うのは苦しい。いっそ死んでしまい度いよ。どう考えたって、僕なんてのは余計者なんだからね。」
 ――そんなことを云うと、あたしもう帰ってよ。」
 ――ああ、帰っておくれ!」
 そんな時には熱は直ぐ上った。そして、それが幸子の故《せい》だと云って、彼女は鳥渡《ちょっと》でも姿をかくしたりすると、旻は一層亢奮して看護婦や女中を怒鳴りつけて、幸子を呼んでくれと云い張ってきかなかった。夜更けて氷嚢を取り更えるのにも旻は眼を大きく輝かせて、若しそれが幸子以外の者である時にはひどく機嫌が悪かった。
 併し、遉《さすが》に晃一が居合わせる際なら、そう我儘も云うわけにはいかなかった。晃一に対してはまことに素直に振舞った。
 晃一は所在ない陰気な日曜をまる一日、弟の枕もとに寝そべって弟のために買って来た新刊書などを自分で読みながら過すのだったが、ふと二人の顔が会うと、旻は黙って微笑してみせて、さて大儀そうに首をそむけて眼を閉じた。

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 上天気が続いて日毎
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