子をお前に譲ってやるべきだろうけれど、僕には彼女を思い切ることは到底出来そうにもない。どうか、お願いだから手を引いてくれ。」晃一は、弟に向って、そう云った。
そして、旻と幸子とは厳重に引きはなされてしまったが、時が経つ中に二人の情熱も漸く冷めて、その儘案外容易におさまることが出来た。
晃一と幸子との結婚式の折には、旻はもう肺病になって海岸へ転地していたのだが、わざわざ出て来て席に連なった。
――三人とも子供の時分は本当の兄弟だと思っていたんだがね。」
病気窶れがして寂しい頬の色だったが、旻は新夫婦の顔を見比べて、そう云って笑った。
2
その秋に入って、旻の病勢は頓《とみ》にすすんだ。
それで幸子は夫の同意を得て、義弟の看護のために別荘に逗留することとなった。晃一も殆ど毎度の週末には泊りがけで遊びに来た。
旻にして見れば兄夫婦が、それこそ唯一つの身内だったのでこの上もなく喜んだ。
幸子は寝食を忘れて病人の看護につくした。
病人は、海にむかって硝子戸を立てめぐらした座敷で、熱臭い蒲団に落ち込んだ胸をくるんで、潮風の湿気のために白く錆びついた天井を見つめた儘、空咳をせ
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