れてしまっていた。僕は少し位不細工でも、たとえばパジャマの袖を崖の縁へ置くなりして、歴然と他殺の証跡を捏造して置くべきだった。僕は少からず失望した。だが、僕はもう一度、考え直した。……瀕死の病人を殺人罪に陥れたところで、しかも彼自身がそれを明らかに意識している場合、実際のところ何の甲斐もない話ではあるまいか。それよりも、むしろ幸子の夫である僕が、彼の犯罪を悉く知っているばかりでなく、彼が不覚にも成し遂げなかった目的を、代って果してやったと、打ち明けた方が、余程効果のある趣向ではないだろうか……」
旻は低い呻き声をあげた。
――兄さん、幸子さんは、ただお芝居をしただけなんだ。幸子さんは兄さんだけを、真実愛していたんだ。それを兄さんは知りもしないで……」旻は激しく咳入った。そして白い枕の上に真赤な血を吐いた。
――旻、僕の云い度いと思ったのは、併しそんな意味のことではないのだ。ねえ旻や……」晃一は弟の背中を、そう云いながら、やさしく撫でてやった。
7
それから、一週間程経って旻は死んだ。晃一は、その忌しい別荘にいることが堪えられなくなって、都へ引き上げることにした。それで晃一
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