見るともうお前の逃げ去った後だったが、崖の下に幸子がひきかかっているのが見えたので、早速何処かへ行って綱を持って来て、それを頼りに幸子のところへ降りて行った。そして、その男は幸子を助けると思いの外、そこでしばらく思い迷った様子だったが、どういうつもりかあらためて幸子の体を下へ蹴り落したのだ。その男と云うのは僕に外ならない。……何故また、僕がそこでそんな風にして幸子を殺さなければならなかったかと云うのか?……僕は最初から、お前たちの間を信用してはいなかったのだ。我々の様なお互の関係に置かれて、まるきり疑いをさし挾まないですませることは不可能だからね。僕は段々その疑を荷重に感じ始めた。僕は表面に平静を装いながら猟犬のように、お前たちを嗅ぎ廻った。併し、真実お前たちの間に未だ何もなかったのか、それともお前たちの方が役者が一枚上であった故か、容易に僕は尻尾らしいものを掴むことが出来なかった。僕は自分ながら可笑しい程妙な焦燥に堪えられなくなった。まるで、最初からお前達の不義を待ち構えて、ただそれだけの理由で、お前たちをペテンに掛けるために計画的な結婚を敢えてしたのでもあるかのような気持にさえなっ
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