もこの目的を果さなければならないと決心するに至った。僕は到頭或る晩のこと、四辺に幸子さんの外誰もいない時を見計って、幸子さんに向って、僕は久しい歳月の間一時だって幸子さんを忘れたことがなく、どんなに恋しがっていたかを、泪ながらに打ち明けた。ところが、僕がくどくどと掻き口説くのを黙って聞いていた幸子さんは、いきなり、僕の、熱のためにカサカサ乾いた唇へ接吻したではないか。そして――ごめんなさいね。でも、今では、あたし、あんたよりも晃一さんの方が好きなんですもの。」とそう云うのだ。僕は胸を轟かせながら、あらためて云った。――それは僕にだってよく解っている。それに僕はこれから先ほんの僅しか生きられない人間だ。決して、兄貴を振捨てて、縒を元へ戻してくれと云うのではない。それどころか、こうして幸子さんに看護《みとり》されて死ぬことが出来るのを、何より嬉しく思って感謝している位だ。が、そこで、せめてその上の我儘な願と云うのはたとえ仮初であるにせよ、幸子さんが自分の天地《あめつち》をかけての恋人であると信じながらあの世へ行けたなら、どんなにか幸せであろうかと思うのだ。ねえ、お願だから、どうかもう一度昔
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