の通りの恋人らしく振舞っておくれ。もとより、らしく[#「らしく」に傍点]と云うからには、単にその見せかけで結構なのだ。勿論誰にも知らせないで、おっつけ土くれになってしまう僕の体と一緒に亡びてしまう秘密だ。ねえ、どうぞ、この子供っぽい果敢ない望みを叶えてはくれまいか」とね、幸子さんはしばらく思案していた様子だったが、やがてその眼に大きな美しい泪の玉が浮かび上ったかと思うと、こっくりと一つ頷いて――いいわ。……あたし、本当はやっぱり誰よりも旻さんが好きだったの。あんたこそ、あたしのたった一人の恋人よ。」と云った。そして優しく僕を抱いて、幾度も幾度も僕にくちづけしてくれた。僕の心は俄かに怪しくなった。幸子さんのその素振りが、果して芝居であるか、真実であるか、僕には判断が付き兼ねたのだ。幸子さんと僕とは、それから始終、人目を憚っては愛撫し合った。初めの、僕の計画では、二人の媾曳を、まざまざと兄さんに見せつけてやるつもりだったのだが、僕はあべこべ兄さんに対して密夫らしい要心をしはじめた。僕は意気地のない話にも、この自分で書き下ろした芝居の恋に、たあいなく溺れてしまったのだ。
 僕は少年の日の恋を
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