合せられた。
検屍は朝の中に済んだ。幸子の死体は、別荘から三町と隔てない崖の真下に、半ば干き潮になりかけた海水に漬りながら横たわっていた。前額《ひたい》と胸とを鋭い岩角に打ちつけて、それが致命傷らしかった。明らかに溺死ではなかった。断崖の高さは五丈位で、三分の一程のところにちよっとした突起があって、そこから生え出た小さな松の木の枝に彼女のパジャマの袖がちぎれて、風にふかれながら、ひっかかっていた。落ちる途中、その突起に衝突して、そこで一度バウンドしてから、真逆様に墜落したものらしい。死後十五六時間を経過していたが、生憎岩礁だらけの磯で、夏場ではなし、魚とりの小船の廻るようなところでもなかったので、容易に人目にふれずにいたわけである。それを最初に発見した村人は、甲斐ない捜索にくたびれ果て、其処を通りかかりふとその崖の上から覗き込んだ時に、明け方の薄ら明りの中にヒラヒラと飜っている黒地に真赤な刺繍を彩したパジャマの片袖におどろかされたのであった。
自殺とも他殺とも考えられる適当な理由が見出されなかったので、係の役人達は簡単に過失死と断定した。
幸子の屍は、とりあえず別荘に移されて、あらためて白い寝床に寝かされて、晃一の到着を待った。
ところが、何時でもそれに決まっている正午の汽車に、晃一の姿は見えなかった。そしてその代りに停車場へ出迎えに行った人々が空しく帰って来るよりも、一足先に電報が届いた。
ツゴウワルシ アスユク――としてあった。
それでうろたえた人々は直ぐに至急電報で打電し返した。
晃一は終列車でやって来た。
――入札があって、遅れた。」
冬の厚いトンビの襟を立てて、唇を慄わせながら、迎えの者にそう云った。
幸子の体はもうすっかり傷口を繃帯して、綺麗に拭き浄められてあった。晃一は冷めたい妻の顔に頬ずりして、泪にくれた。
5
葬式を済ましてから、晃一は仕事を人に任せて、もう一度別荘へ戻って来た。暫く静かに休養したかったし、また一つには幸子が最後の日迄起き伏しをしていた部屋で、遺品《かたみ》の品々の間に、愛しい妻の面輪をいつくしみ度い心からでもあったろう。
旻はそれ以来すっかり衰弱してしまって、もういくばくも持ちそうにもなかった。併しそうなっても気持だけは割合に冴えていた。
或る雨降りの、急に冬がやって来たかのように冴え々々とする晩の
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