のは、郵便ポスト――だったじゃありませんか。毛唐は真逆日本のお婆ちゃんがと油断してかかったのだろうけど、四月一日であってみれば、怒るに怒れず頭を掻いて逃げて行ったわ。』
『そいつあ豪気な話だ。なる程、四月馬鹿とは、嬉しい習慣だね。そう云うことならよろしい。今日は一つその手を用いて、会社の木偶共も片っ端から落してくれるかな。』
『タイピストや、電話姫《ミス・ハロウ》なんかばっかり落としちゃうんじゃないの?』
『まさに図星と云うところかも知れないね。』
『大人気ないわ。』
『本気になりなさんな、自分で仕込んで置きながら。万事四月一日だ。』文太郎君は仕立下ろしの春外套《トップコート》を羽織ると、それでも毎朝と変らぬ真心こめたベエゼを、エミ子に捧げて威勢よく玄関へ出て行きました。そこで、ピカピカに爪先を光らして揃えてあった編上靴を穿きかけたのですが、どうしたものか却々《なかなか》手間どれるのです。
『もう、九時を廻って居てよ。早くなさらないといけないわよ。』
『うん。だって、今朝は随分早そうな陽の色なもんだからそれに、どうしてこう人通りが少いのだろう。エンミイは時計の針をやたらに、廻して置いた
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