の顔絵具《ドオラン》を入れました。
 化粧が終ると、エミ子は、親類中で爪弾きをされている従兄の、また従兄位に当る音楽学校を退学されて、今は銀座の蓄音器屋の嘱託しているピアニストの雄吉君のところへ電話をかけました。この男は、自分が年齢の半分も子供に見られ度がる嗜好から、自ら『お雄坊』と名告っていると云う程の品質《たち》で、エミ子さんが結婚する前には、幾度か付け文をしたことのある男です。
『――モシモシ、お雄坊? 今日、いいお天気ね。暇? え、暇だけど、暇なんかには飽きてるって?……そう、あのね、これから江の島へ連れてって上げようか? 嘘なもんか、本当さ。行きたけりゃ、余計なことを云わずに、直ぐ仕度をしておいで。だけど、あんまり気障な姿《なり》して来ちゃいけなくってよ。』
 エミ子はそれから、黒地のフロックの首や手首に金箔の条を巻きつけた洋服を着て、真赤な|お椀帽子《ベレー・バスク》をかぶって、待っていました。ペンギン鳥の恰好をした手提げのお腹には、勿論ありったけのお紙幣《さつ》と銀貨とを押しこみました。
 やがて、雄吉君が桃色みたいな派手なゴルフ服を着て、鼻眼鏡をかけてやって来ました。

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