だい。……」娘はそう云い乍ら目や鼻や顔が涙ですっかり濡れ輝いている頬を井深君の顔のすぐ前まで持って来た。そして井深君の両手をつかんで、
「それから、あたしの手? ね、ほら、冷めたいでしょう。まるで氷のようだわ……でも、今は冬だから当にならないこと?……」
「うん、……ほんとに、君だったかも知れない。いや、全く君だったようだ。」と井深君はほとほと弱って云った。「しかし、そう判ったらなおのこと結構だ。このお金は当然君の物と云えるわけだ。だから早く蔵いなさい。私はもう帰らなければならないのだよ。」
「嫌だわ、あたし、嫌だわ。あたしはもう五円のお金だって欲しくないの一銭もいらないの……」
「これ程事の道理がはっきりわかってもかい? 何という聞きわけのない子だろう!」
「どうしても嫌だわ。なんでもかんでも貰わなければいけないのなら、いっそそのネクタイピンを貰うわ。」
「莫迦な、こんなピン十円にもなりやしない……」
「あら! でも、あんた、今五十円位するってそう云ったでしょう。」
「うん、それは、併し、買値の話だよ。売るとなるとなかなかそうはいかない。」
「あたし売りやしなくってよ。だから、それを
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