可哀相な姉よ!
5
――姉さん、どうしたのです?」
姉は、さも憎々しげに私を睨みつけながらうなずいていた。
――オマエ、ヒゲヲ、ハヤス、ツモリカエ?」
――だって、僕はもう大人になったのですから生やしたいのです。」
――オトナハ、ワタシ、キライダ!」
――そんなことを云ったって、無理ですよ。僕は大人になって、姉さんを広い家に住まわせて、仕合せにして上げようと思うのです。」
――イイヨ。カッテニ、スルガイイ。ワタシハ、アノクスリヲノムカラ!」
――薬ですって?」
姉は首を横に振って、机の上の黒い本を開いて見せた。
――ダイナマイトは、また、食べることも出来ます。」
私は姉のザラザラな粗悪な壁土のような頬に接吻した。
私はそして、姉の見ている前で、剃刀を研いで、うっすらと生えかかって来た髭を剃り落としてしまったのだ。
だが、――またその翌日の夕方になると、私は姉の後姿を窓から見送って、それからさて、れいの並木の方を眺め渡すのであったが、女はその言葉通りあの夜以来とんと姿を現わさなかった。男の姿も――あの男は、あの夜五分遅れてやって来て、彼女に思いがけない私と
前へ
次へ
全17ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
渡辺 温 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング