息苦しい程細く、そして低い天井に灯っている電燈はおそろしく薄暗かった。姉はその廊下の両側に幾つとなく並んだ木の扉の一つを開けて、その内側へ消えてしまった。洒落た身装の男達が退屈そうに廊下を往ったり来たりしながら、時々それらの扉の前に佇んだ。私は暫くためらった後に、リノリウムの上に足音を忍ばせて、マントをかぶってそっと姉の隠れた部屋へ近寄って見た。
木の扉に、いつか私が姉に頼まれて書いてやった覚えのある値段書が、もう色褪せて貼られてあった。
[#ここから5字下げ、21字詰め、罫囲み]
室咲名花
ダリヤ ………………………………五十銭
シクラメン………………………………五十銭
菊…………………………………………時価
[#ここで字下げ終わり]
そしてそれより少し上の、恰度私の眼の高さ位のあたりに手首の這入る程の円い穴があけてあって部屋の中を覗けるように出来ていた。私はそこから恐る恐る覗いて見た。部屋の中にはうす桃色の灯がともされて、その下にたった一つ粗末な木造の寝台があって、それへ姉が一人で腰かけていた。何時の間に着替えたのか、姉は肩のピンと糊でつっ張った紫と白との疎《あら》い棒
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