げかけた。
 ふと、この時、さい前の刑事が電気に打たれたようにぎくり[#「ぎくり」に傍点]としたのである。
『このピストルは小野さんのですね?』と刑事は葛飾に訊ねた。
『そう――一昨年僕と二人で上海へ遊びに行った折、買ったものです。』
『届けは?』
『してありません。』
『ふむ――』
 刑事は死体と一番近い部分の壁を一心に瞶めている。白い壁の面に一銭銅貨程の大きさに、新しく欠け落ちた箇所がある。
『あの痕はどうしたのですか?』
『知りませんね。僕はそんな些細な莫迦げたことを気にかけたためしはないのです。』
 と葛飾は腹立し気に答えた。
 刑事はそれを黙って聞き流しながら、しきりにその壁の欠け目の位置を目で計った。
 刑事はピストルを手巾《ハンカチ》で注意深く取り上げて鞄に入れて帰って行った。
 刑事は路すがら考えた。――どうも、あの女の話は当になったものでない。支那の小説を読んでそれに倣ったところが男が本当に死んでしまったなぞと云うのは、如何にもあんな娘の好きそうな空想ではないか。三角関係が主因になっている点はおそらく事実であろう。その方が事件の筋みちが立つ――他殺に相違ない。あのピス
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