佯《いつわ》って、井戸の中に身を投げたように見せかけて、どれ程夫が嘆き悲しむか、それに依って夫の、自分に対する愛情を測ると云う話を読んだことがございました。わたくしは、その故事に倣って、こんな不幸を惹き起した罪を償うために、裏の古沼に陥って死にます――と云う遺書を部屋に遺して、物置の中にひそみながら、男たちの戻るのを待って居りました。すると先に帰って来たのが小野さんでした。小野さんは、ひどく酔っていたようですけれども、直ぐにわたくしの遺書を見付けたものとみえて、殆ど泣き声のような叫びを上げながら裏の沼の方へ駆けて行きました。それから間もなく引返して来て、画室へ入ってしまうと、やがて、鈍い銃声が聞こえたのでございます。わたくしは、取り返しのつかない間違いを仕出かしたことを知りました。わたくしは無性に恐しくなって、その偽の遺書を火鉢に燻べてしまったのでございます――』

 3

 この陳述は係官を納得させたらしい。
『では、矢張失恋自殺でしょうかな。』
『いや、むしろ情死と見なすべきだろう。』
 彼等はそんな意見を云い合った。
 それから、追って沙汰をする――ことになって役人の一行は引き上
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