遺書に就て
渡辺温

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)遺書《かきおき》が

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]
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 その朝、洋画家葛飾龍造の画室の中で、同居人の洋画家小野潤平が死んでいた。
 コルク張りの床に俯伏せに倒れて、硬直した右手にピストルを握り、血の流れている右の顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》には煙硝の吹いた跡がある。
 恰度葛飾は昨夜から不在で、それを最初に発見したのは葛飾の妻の美代子である。
『昨夜十時頃小野さんは街から帰って来ました。わたくしはもう寝床に入っていましたし、小野さんも顔を出しませんでした。――銃声ですか? いいえ、何も存じません。』と美代子はおろおろ声で、出張して来た役人に答えた。
 検視官は厭世自殺と認める。
 だが、遺書《かきおき》がないのだ。――そこで一人の敏腕な刑事が疑いを残してみたくなる。
『此処に打撲傷があります。』と刑事は死人の顎をぐ
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