トルの持ち方は何と云う子供だましの錯誤だ! 顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]に一発射ち込んで、それから倒れたのではないか。しかも卓子の角に強か顎を打ちつけている。ふっ、失恋自殺も素晴しい!……犯人は葛飾か美代子の何れかに決っている。共犯かも知れない、だが、共謀して計画的に殺すと云うことは甚だ合点が行かぬ。やはり一人の仕事だ。その犯跡を後から他の一人が共謀して眩ます位のことは考えられる。たとえば、小野が女に駈落ちを強いる。女が諾かない。小野はそれでは目の前で死ぬとか何とか云ってピストルを出して顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]に当てて見せる。女が周章ててそれを奪い取ろうとして争うはずみに引金がひけてしまう。女は相手が倒れたのを見て恐ろしさのあまりピストルを投げ棄てて葛飾の部屋へ走り込む。葛飾は自分故に愛しい女が殺人の罪を犯したものと信じて、犯跡を紛らすために床に落ちていたピストルを死人の手に持たせる。……これとあべこべに葛飾が犯人である場合も同様だ。わけて、葛飾が一晩中家を明けていたことや、取乱した服装や、そんなことは何れも夫婦喧嘩のせいだとは云うものの、同時にもっと悪い事実を裏書きしていないとも限らない。……併し、この想像は少しばかり甘すぎるかな。自分で罪を犯しておきながら、かまえて訝しまれるような態度をとり繕わずにいると云うことは洵《まこと》に道理に合わない。やはり女に対する疑を――若しも運悪く他殺と知れた時に、女に懸かる疑惑を出来るだけ外らそうとするための工夫なのであろうか?……うっかりしてはいられないぞ。――と。
若いこの刑事は上役や同僚を出し抜き度い功名心で胸をふくらませた。
刑事は警察へ帰ると早速ピストルに就いて検べた。
柄の底の部分に僅ばかり白い粉がついている。刑事は会心の笑を洩らした。
(――犯人が最初に投げ棄てた拍子にあの壁へぶつかったのだ)
それから指紋である。最近二人の人間がそれを掴んだらしかった。
(もちろん被害者自身と――鮮明な方が犯人だ)
ところが翌日になって、果してそれ等の指紋は小野と、美代子とに付合することが判明したのである。
4
『――まことに恐れ入りました。ピストルを小野さんの手に持たせましたのは如何にもわたくしでございます。けれども何と仰せられましても、自分で射ち殺した覚えなぞは毛頭ございません。
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