或る母の話
渡辺温
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)愁《かな》しくなること
|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)草色|天鵞絨《ビロウド》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(数字は、底本のページと行数)
(例)乗箱型の自動車《クーペ》[#「箱型の自動車」に「クーペ」のルビ]
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1
母一人娘一人の暮しであった。
生活には事かかない程のものを持っているので、母は一人で娘を慈しみ育てた。娘も母親のありあまる愛情に堪能していた。
それでも、娘はだんだん大人になると、自分の幼い最初の記憶にさえ影をとどめずに世を去った父親のことをいろいろ想像する折があった。
『智子のお父さんは、こんなに立派な方だったのだよ――』
母親は古い写真を見せてくれた。
額の広い、目鼻立ちの秀でた若者の姿が、黄いろく色褪めて写っていた。
『ほんとに、随分きれいだったのねえ。――お母さん、幸せだったでしょう?』
『そりゃあ、その当座はね――』
『思い出して、愁《かな》しくなること、あって?』
『死んでから、もう二十年近
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