の中へ転落して行くような激しい眩暈を感じた。
恋人同志が、同じ一人の父親をもっていたとすれば、これ以上惨めなローマンスの破綻はない。
男は畳の上に突伏したまま絶望のあまり気を失いかけている女を後に残して、逃れるように戸外へ飛び出して行った。
4
翌る朝、未だ明け切らない中に、浅原が再び訪ねて来た。智子は、一晩中泣き明かして眠らずにいた。
『どうしても合点の行かない節があるのです――』と浅原は白けた唇をわななかせながら、せき込んだ調子で云うのであった。『――僕の父は、あなたが生まれる五六年も前にアメリカへ渡ったのですが、それ以来ただの一度も日本へ帰らなかったことは、私の母をはじめ誰に聞き合せてみても、確な事実らしいのです。……あなたのお母さんに、本当のことをお訊ねしなければなりません。お母さんは何処にいらっしゃいますか?』
『母は、昨夜から――あの時きり、二階のお部屋から出て参りませんの。』
『あれっきり?――』浅原はギョッとしたらしかった。『直ぐにお母さんにお目にかからなくちゃあ!』
浅原は、智子の腕をつかんで階段をかけ上った。二階の廊下へ出ると、はげしいガスの匂が鼻を
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