十五年も経つ中に、あなたに感ずる愛情が、何時とはなく、あの人への因果な思慕を諦めさせた程、根強い親身なものとなってしまったのです……
それにしても、そのあなたが、あの人の息子と結婚するなどとは、何と云う不思議な廻り合せなのでしょう。私の不運の代りに、あなたの恋には神様のお恵みがありあまることと信じます。
私が死ぬのは――死ななくともよかりそうなものにと、あなたは思うかも知れませんが――あの人が死んでしまって、そして斯う打ち明けてしまえば、可愛いあなたとも、やっぱり他人同士に返らなければならないし、これ以上年寄りの寂しさを我慢して望み少ない世の中を生き延びて行くのには疲れ過ぎてしまいました。
それでは、誰よりも仕合せにお暮しなさい。――
[#引用文スタイル終り]
………………
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一生、いじらしい処女であった母!
智子は書置を信ずることが出来た。
そして、二十年の永い間、慈愛深い母親として自分を育て上げてくれた、浄かな童女の死顔の上に、永いこと泪に暮れていたのであった。
底本:「アンドロギュノスの裔」薔薇十字社
1970(昭和45)年9月1日初版発行
初出:「朝日」1929年10月
入力:森下祐行
校正:もりみつじゅんじ
1999年8月21日公開
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